Jリーグの全チームの中でも特にすごいなぁと感銘を受けたチームがあります。

松本山雅FCです。

関西では長野のチームだとわからない人もいるほど。

決して強いチームじゃありません。

今期は4年ぶりにJ1に居ましたがJ2へ降格しました。

感銘を受けたのはその風変りなバックボーン。

ふつうのJクラブとは設立の経緯が全く違う。

それに由来するのが「山雅」。

長野県松本市の「松本」はわかりますが、この「山雅」とは何か?

長野の地名じゃありません。

なんと喫茶店の店名。

たまたまクラブの由来を紹介した記事を読みましたが、それによるとこう。

松本市にあった喫茶店「山雅」。マスターが山好きで、この店名だったそうです。

そこに集まる常連客とマスターは仲がよく、一緒に登山をしていた。

ある時「今度、みんなでサッカーしよう!」という話になったそうです。

興味深いのはなんとその中にサッカー経験者はひとりもいなかったということ。

マスター自身も元サッカー部員でもなければ熱心なサッカー好きでもなかったようです。

・・・どっかであったような話や!そう思いましたね。

(まさにウチと同じなんです)

登山がメインの仲間内がたまたまサッカーをした。

それがその場限りで終わらずに続いた。サッカー経験者も入ってくるようになった。

サッカーをしているうちにだんだん輪が広がり、規模が膨らんでいつの間にかサッカークラブが出来た。それが前身組織の「山雅サッカークラブ」です。

始まりのきっかけとなった喫茶店「山雅」をリスペクトして名前に残すとは!

だってこの喫茶店がクラブを直営したわけでも、店主がクラブ運営に参加しているわけでもないのにです。

2005年に一般公募でクラブ名が「松本山雅FC」に改名されています。

すごくないですか?

普通ならクラブの規模が拡大しての改名ですから、個人店の名を抜いて「松本FC」とか「長野FC」とかにしてしまうところでしょう。

それをあえて「山雅」を残した。他のJリーグクラブに漢字4文字の名とかないのにですよ。

原点の喫茶店と恩人であるマスターへの義を感じさせます。

チームは北信越リーグ2部、JFLへ這い上がります。

そしてとうとうJリーグに参入。

2015年には初のJ1昇格を経験してます。

サッカー経験者ゼロの仲間内のお遊びから始まってJ1の山頂まで登頂してしまった風変りなクラブというわけです。

喫茶「山雅」は1978年に閉店しましたが、松本山雅FCがクラブ直営店として復活オープンさせています。

なんてええ話や。

サッカー狂が少ない日本ではあまりない話ですが、海外ではこういう他業種がクラブの母体であることは珍しくないそうです。

飲食店のオーナーがサッカークラブを創設したり、運営していたり。

パブのマスターが地域クラブの監督やってたりしますもんね。

地元企業が青少年や社会人のためにグランドを整備・開放したり。

ウチのホームも類似の経緯でした。

ホームを使わせてくれた恩人のおかげで今があります。

私もスポーツに無縁な職業ですし、それまでサッカーに無関心でした。

ある時にサッカー経験者ゼロの仲間内が公園に集まってレクレーションゲームをしたのが「フットサル三田」のきっかけでした。前身は「フットサル同好会」です

振り返ってみると開始当時と違ってずいぶん本格的になりました。

最初は全員が学校の休み時間や体育でボールを蹴ったことがあるくらいの面々だったんですよ。

それが今やサッカーやフットサルの立派なキャリアを持った方々が多くいます。

でもビギナーや遊びで始めた面々もいて、うまい具合に共存できてる。

そのへんが絶妙で楽しい遊び場が維持できています。

ウチはクラブチームにするつもりはありませんが、バックボーンの「山雅」をリスペクトしながら発展した松本山雅FCの姿勢は大いに見習いたいところ。


ウチのバックボーンとなった公園での仲間たちのとの楽しいプレー。


今も忘れませんね。昨日のことのようにおぼえています。

その当時の仲間が今も支えてくれている。

無上の喜びです。

ウチはクラブチームになる必要もなければ、規模を拡大する必要もないし、ましてや上に登る必要もありません。

ただ、このかけがえのない場を末長く続けたいものです。

カテゴリー: ブログ

sandafutsal

 サッカーやフットサル未経験の中年が遊びでボールを蹴り始めて、誰もがフットサルをミックスエンジョイできる場を作りたいと、フットサル同好会とホームコートを作りました。常時参加募集中!

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